売り手市場の今だからこそ、就社ではなく、就職を!

RCDのつぶやき

昨年の大卒者の就職率が97.6%というニュースがありましたが、どんな就職活動をし、どんな動機で、たった1社を決めたのか。少しばかり気になりました。というのも、就職環境が良いときは大手志向が強まり、その逆のときは公務員志向が強くなる。その繰り返しばかりを見ているような気がするからです。
そんなことを考えていたときに、糸井重里氏が主宰されている「ほぼ日刊イトイ新聞」が創刊されて間もない頃に掲載された今日のダーリンの記事を思い出しました。10数年前なのでおぼろげではあるものの、こんな内容でした。
当時は、大学生のみなさんの就職環境がとても厳しく、多くの学生が必死に内定獲得を目指し活動していました。そんな中、ある女子大生が自分自身の身に起きたことを綴った手紙を糸井氏に送ってきたそうです。その話を要約して掲載されていました。

それは、やりたい仕事に就ける会社に書類を送っては落ち、面接にこぎつけたとしても落ち、の日々を繰り返していたときのことです。「なんで自分たちの世代だけ」と環境のせいにし、もうどうでもいいやと自暴自棄になりつつありました。
そんなとき、母から電話が。「お父さんが倒れた」。私は、急いで帰省し、すぐに病院に駆けつけました。幸い、症状は軽く、父はすでに意識を回復しており、数日で退院できるとのことでした。その日は、自宅に泊まることにし、母と話をしたのですが、いまの自分が置かれている状況をつい母に愚痴っていると、母がこんな話をしてくれました。
父と母は、学生結婚でした。卒業を待たなかったのは、母が私を身籠ったからです。当時、父にはやりたかったことがあったそうなのですが、母と私を養うために、自分の思い描くものとは違う仕事に就いたそうです。そんな父が、母に切り出したそうです。「娘も来春には社会人になる。今の仕事を辞めて、やりたかったことにチャレンジしようと思うんだけど、どう思う?」と。母は「お父さんのやりたいようにしてください」と。私は涙が止まりませんでした。やりたい仕事に就けないことを人のせいにして、父が倒れたこんなときでさえ、母に愚痴を言っている自分が残念で仕方なく思えてきました。
そのときを境に、私の仕事観は少し変わりました。確かに、自らが望む仕事でがんばれるのは素晴らしいことです。でも、そうではなかったとしても、誰かのために一生懸命に仕事に取り組むことも素晴らしいことだと。改めて、父と母の娘で良かったと心からそう思いました。

という内容だったと記憶しています。この手紙の彼女が置かれていた就職環境と現在とではまったく状況は異なります。やりたい仕事に就ける可能性はきっと高いでしょう。もし、やりたいことが見えている人は、そこをしっかりと目指してください。そうでない人は、社名や待遇だけでなく、「どう働きたいのか」「なぜ就職するのか」に、ぜひこだわってください。

一人ひとりのいい仕事で、きっといい社会は育っていく。

そう思いませんか?

  • hana
  • この記事を書いた人
    hana

    クリエイティブディレクター 兼 代表取締役 採用領域のクリエイティブに1989年より携わる。リクルート社を退社後、2012年3月にRCD設立。ビールをこよなく愛す、age 50 years。

ABOUTこの記事をかいた人

hana

クリエイティブディレクター 兼 代表取締役 採用領域のクリエイティブに1989年より携わる。リクルート社を退社後、2012年3月にRCD設立。ビールをこよなく愛す、age 50 years。